AI絵が出てきた時フーンって感じだった。自分で作り出したモノじゃないと実感つーか達成感っつーか所有感つーか、誇りを持てないっつーか。そんな気分だった。堂々と発表できない気がするじゃん。これは俺が作ったんだぜ!って言えない感じ。いや別にこういう機能をうまく使えば、こんなにいい感じに作れるんだぜみんな!って言えばいいんだけどさ。いやべつになんでもかんでもってワケじゃないよ。冷蔵庫もテレビも自動車もビデオゲームも自作するんですかーって、出来るかい!それらは相当な、適切な対価を払って買ってきます。自分でやれる環境や知識があるならね、って話よ。特に絵はまあ昔から描けるから、特にそういう指向が強かった。だからWebサイトを作るとかだと、外部の制作サービスとか知識を頼りたいけど、ガッツリ金払って構築するかーとまでは行かない規模感もあるじゃん。だけど提供されてるデザインのままっつーのも、端端に気に入らないところがあって弄りたくなっちゃう。 それはそれとして(デビルマン)なんかふとAI絵を見てみようと思った。僕は上手い人の手動の絵はイマイチなんか入ってこなくて、見てもうまく消化できなかった。ところがAI絵ってなんか分かる気がするんだよな。そんでAI絵をいっぱい見て、こんな感じかな?と自分の絵を描くときの手の動かし方を変えたらこうなった(↑の絵)。昔のっつーか、ここ半年とかそのくらいの期間でぜんぜん違う絵になったw なんなんでしょうね。上手い人手動の作品って同じように見えてやっぱり毎回アップデートされてる人間の技術によるもので毎回違くて、そこがうまく俺は捉えられなかったんかなー。AI絵はそのシステムの特性上、品質の均一化の極致みたいな感じじゃん。そこが僕に合ってたのかもしれません。し、違うかもしれません。 プロンプトエンジニアリング!とはいうけれど、文字の記述でグラフィック成果物を出すって別に初期のHTMLとかそれこそDOSのアスキーアートとかもそんな感じじゃんね。違うところと言えば、厳密なる作法ルールを、さらにプログラムの力で人間的な曖昧を乗り越えられたってところ?「;」を忘れただけで機能しなくなったりするじゃん。でも対話型AIにアレしてとかこうしてって言えばそのルールを織り込んでHTMLなりCSSに限った話じゃないけど組み立ててくれるわけっしょ。原理主義者的みたい人...