以下駄文
汎用 凡例
ついったに差し込まれてたから気に入らなくてぐぐったお話
ついでに俺の脳はよくテレコして覚えたり(エベレストとエレベスト等)、どっちだかわからなくなったりする(代表的な所で右と左などの、対になってる物事)けど、この汎用と凡例だけはすんなりと覚えられた。謎だ。たぶん子供のころに見た汎用人型~っていう文言の衝撃の印象なんだろうけど。
結論:現代においては意味の記号化に当たって同じ形に落とし込まれた結果の文字。音読み訓読みも日本語の発音システム上のバリエーションの進化からくる被りから来るもので、表記、発音、現代で表現するところの意味合いが寄ってきてるという現状三重苦の熟語。(個人の感想です)。この問題(ぼんれい)の回避方法は、「凡」をもっと日常文語口語で単品で使う機会を増やすことです。
もはや専用漢字みたいな扱いになってると思われる。いずれは意味が統合されて画数が多い方が消滅(あくまで個人の感想です)。
凡:象形文字。だそうだ。こっちのほうがより上流っぽい?(あくまで個人の感想です)
汎:さんずい+凡(発音記号としての凡)の形声文字。ということは凡という記号と紐づけられた意味と発音が先にあり、水関係限定の現象や感覚を表現するためにさんずいを追加して発音を凡を音符とした漢字文字なのかもしれない。=つまり表現したい事が似ている、発音が同じ。同じ形の記号。
※あくまで個人の感想です。
ネット上で教科書と同じ解説乗せないでよ。いやそれも大事だけど。もうちょっとツッコんだことを聞きたいのだ。
ネット上のというか学校の説明って、現在稼働している表面の部分だけを説明解説…じゃないな、解説にもなっていない現実だけをただ提示して「それで全てです!はいコレが正しい!」みたいな感じで書かれてて、ムカつくポイントです。
先のエントリーでも書いたけど、そのままそういうもんだって受け入れられる性格がうらやましい。
ネット上の説明文
凡:小さな鉢の形にかたどる。<この高級マグカップは名無し太郎の手になる作品、という言い方なら知ってる。「Aさんの手による作品」という表現の方が現代日本語としては受け入れられやすいだろうけどね。
借りて「すべて」「およそ」の意に用いる。~かりてすべての意味に使う?>この文字列の意味が分からない。説明文に現代常用日本語外の知識を要求するのやめてね。
小さな鉢(の形)を流用して、すべて、およそと言いたいときに使うよってこと?ある(小さい鉢(入れ物)程度の)範囲内でのルールを規定する(凡例)ものではないの?でもそうすると凡人とか平凡がちょっとずれてくるか。(あく個人感想です)
ついでに調べた専の字も比較的新しく人工的に(※意図的に)進化(退化?)させられた文字だそうだ。旧字体で明確な差があった専と専'。しょせん記号、直線とやや曲線を用いてある一定の範囲内で簡潔に音声や意味を表現する図形である。どうしたって行きつく先は〇△□(マル、サンカク、シカク)になるのである。
※そも文字が人工的である。
(あ個人感)
その昔「国字」を習った時、峠とか。同じ授業中で自分で漢字を作ってみようなんてこともやりました。なにを発表したか忘れたけど。
じゃあいまさらセンスのいい新漢字作って登録してもいいよな?法律があるのかね?意外とこういう所はしっかりしてるんだよな。混乱しないようにみだりに作ってはならないとか改変してはならないとか。渡辺斎藤なんて何通りあるのさ。
過去にやっちまったもんは守ってそのせいで混乱して、でも今から新造改変は許しませんってか。今!今も整理しろよ、し続けろよ。きれいに整えてどんどん簡単に使いやすくしろよ。一部ではそうしたろ。名前に使える漢字の解放とか。だれの采配だよ文科省か。俺に都合の悪い仕事は止めていただきたい。(あ個)
とは言ってもなぁ、簡体字とかはなぁちょっとなー(ワガママ)
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