最初に気付いたのは今から10年くらい前に他人の家の液晶テレビで洋画を観ているときだった。妙にキレのあるパッキリして軽やかな画だった。よく知るターミネーターなのに、だ。まるでテレビドラマだ。そのテレビは倍速モードに設定されていた。当時は知らなかった。考えが及びもしなかった。それから暫く忘れていたが、2019年にトムクルーズが映画は24コマで見よう動画を公開した。
方々ウェブ上には、撮影機材の技術、歴史、仕組み、比較できる仕様上の比較等など解説が上がっている。しかし一番知りたいところがない。なぜ僕は24fpsを映画と感じ、それ以外をテレビドラマなどと感じるのか。
たまたま近場にあまりその辺の技術に興味も知識もない壮年人物と小学1年生の人物がいたので捕まえて映画を通常とWスピード有効時との違いを事前説明無しで見てもらった。テレビリモコンでモードをオン・オフするたびにテレビ画面の中の映画は映画的な画とテレビドラマ的な画を行き来する。
興味知識ない壮年さんは違いは分かるようだが明確に言語化できないようだった。キレイに見える、画質がいい、明るいか?などの感想を言っていた。小学1年生さんは語彙が無いので言語化できず。だが違いは認識しているようだった。
YouTubeにある24fps/60fps比較動画では横並びでの比較の時、興味知識ない壮年さんははっきりと60fpsの方がきれいだと言っていた。そこから連想して、(きれいなら)映画も60にすればいいのにねとも言っていた。「見続けると疲れちゃうかもしれない」とも言っていた。
つまり24fpsがリッチで重厚感がありフィルム感であり映画感だというのはあくまで経験からくる植えつけられた基準に過ぎないということが言えるのではないか。アバター2やホビットのようなHFR設定で作られた映像作品やデジタルビデオカメラHFRで撮られたテレビドラマを最初っから見て育った人間には、24fpsの映画こそ変な風に見えるんじゃないかなぁと。
ではその「変」とは何か。「アバター2はなぜ48コマなのか。HFR映画がもたらす視覚効果とリアリティ」という記事内でテーマホテル内のアトラクションで観客はTVショーの収録スタジオ現場を見ているという錯覚を狙ったものや「水戸黄門効果」なる事例が紹介されている。どちらのパターンも受け手に知識は無いにも関わらず、方向としては低FPSから高FPSへの移行である。
先の試聴のとき小学1年生さんは邦画通常時とWスピード設定時、次いで24fpsと60fpsを切り替えての映像の時、どうやらその差を判断できてはいないようだった。だが横並び比較の映像のときになると24fpsを指さして「ガタガタ、ボロボロだ」と言っていた。おそらくこの様子だと倍速補完とか60fps化した2000年代のトランスフォーマーとかスターウォーズを見てもなんら違和感なく見てしまうだろう。そしてそれが彼の中で基準になるのだ。つまり人間に24fpsだから映画はイイ!とか映画は24fpsだから!60fpsとか48fpsの映画は醜い!などという認識器官は無いのである。
とはいえ、やっぱりこの現象にはまだ納得いく解説や解答が無い!気がする。なんで映画を24fps以外60fpsなどで見ると安っぽいTVドラマみたいな印象を受けるのか!!気になります。そういやどっかの記事に、ホビットを見た人はホビットの異世界ではなくてホビットの撮影現場を見ているようだったという感想云々という文が載ってたな。つまり「安っぽいテレビドラマっぽく見える」ではなくて「現実の肉眼・目の前の風景」に見えるっちゅーこっちゃ。…ほんとうか?現実感があり過ぎて「生」っぽい…冒頭にも書いた違和感を初めて覚えた時の感想はこれはとはまた違うんだよなぁ。カメラがパンするその画。役者がする演技その所作。すべてがヘンだ(60fps)。
<お前の目は節穴か!でおなじみの節穴は=実は視神経の束が眼球から出ていくところは視神経が無いので見えてません>や、<等速で直角に交差する軌道を通る動体同士は互いに静止して見えるのは物理的な視覚の現象=コリジョンコース現象>みたいなガッチリとした科学的根拠の説明が欲しい。
そんなものは無いのかもしれない。
初稿

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